琉球四柱推命 天方夜譚(scheherazade シェヘラザード)運命鑑定所

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琉球四柱推命とは

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琉球四柱推命で解る事・・・

四柱推命と生年月日の秘密と鍵と扉の向こう側にあるモノ…

マヤ歴カレンダー
どうして生年月日から各人の『人生』や『運命』が解るのか?
運命鑑定士の間でもまだまだ奥の深い学問として、沢山の課題が有るのも事実です。
四柱推命は古代中国エリート官僚により、何千年にも渡って研究が続けられている占術なのですが、
生まれ落ちた場所、年月日、時間には大きな意味があり、
人間は亡くなってから生きていた時の事を振り返り、反省したり次の目標を掲げたりし、
決して偶然などではなく、必然的意味があってアナタの生れた年月日時、
その環境、場所めがけて出てくるのです。
アナタが生れた年には、前世の記憶が隠されています。
アナタが生まれた月には、現世への希望が掲げられています。
貴方が生れた日には、アナタ自身の個性が表れています。
貴方が生れた時間には、アナタの未来に大きな影響を与える為の愛着するものが描かれています。
 
人間は何度も生まれ変わる『輪廻転生』の中で魂が磨かれて行きます。
前世でやり残した事、悔いが残った事、それらを成し遂げる為、
生前掲げた課題をクリアする為、然るべき場所に再び人間として生まれ落ちて来るのです。
稀に、前世の記憶をはっきり持ったまま生れて来た人も居ます。
その方面の研究も今、大いに盛り上がっています。
でも、ほとんどの人は記憶を忘れているだけで、
潜在意識の中で確実にその記憶は刻み込まれています。
それが可視化できるモノが、アナタの『生年月日時場所』という事なのです。
四柱推命にも色々な流派があり、
私達の琉球四柱推命では、余分なモノを取り払い、簡素かつ正確・的確に、
そして心理学や脳科学の要素も取り入れ科学的に運命を分析解明しています。
 
アナの生年月日にはどんな秘密の物語が隠されているのでしょう?!
さて、琉球四柱推命の秘密基地にたどり着いたアナタは、
もうその扉を開きたくなったでしょう!
 
『命式』と呼ばれるアナタの真実を知る地図を手掛かりに、
案内役・私達琉球四柱推命運命鑑定士と共に、
ここからアナタの運命の謎を紐解いてみましょう。

人生上の適性時期とは?
~『良い星の元VS悪い星の元』の秘密~

人にはそれぞれ「そういう時期」というものがある
アナタは今、何を始めようとしていますか?
アナタは今、何処へ向かおうとしていますか?
アナタは今、充実したライフワークを過ごせていますか?
アナタは今、迷宮に入り込んでいませんか?
アナタは今、人と自分の人生を比べていませんか?
 
人生浮き沈みという、『良い時』と『悪い時』は気付かないかもしれないけど、
ちゃんと交互に流れて来ています。
それは、各人で流れがあり、人間皆一律で状況が流れている等と云う事はありません。
「あの人は本当に全てが上手く行っているなぁ」「あの人は上手くやったなぁ」
「それに比べて、自分は…」と思ってませんか?
アナタの人生・運命はアナタだけのモノ、同じ様に同じ時期がある訳はないのです。
隣の人は隣の人の運命であり、自分には自分だけの運命の道筋が有るのです。
他人・隣と比べてどうこう言うモノではないのです。
 
朝と夜が交互に来るように、季節が変わるように、晴れの日と雨の日があるように、
天体の星が廻るのと同様に、人間には『それに適した時期』が順番に廻っているのです。
♢ 個性(創造性)を強めるのに良い時期
♢ 創造性に生かすのが良い時期
♢ スローライフに適した時期
♢ 対人的な障害が起こりやすい時期
♢ 実利的な能力や才能が出る時期
♢ 経済的な事や実務的なことに才能が出る時期
♢ 責任感や精神的重圧を感じる時期
♢ 地道な努力により将来の基礎を作る時期
♢ 目新しいことを探して彷徨う時期
♢ 知識欲が強まり、吸収力も高まる時期
♢ 勉強に適した時期
♢ 結婚適齢期
♢ 活発に行動できる時期
♢ 出世のチャンスが訪れる時期…
 
西洋占星術は星占いです。
四柱推命も同じ理論で、自分の守護星があって、ソノ星と同じくして運命の時期が廻っているのです。
自分の守護星が今『陽(+)』の位置か?『陰(-)』の位置かで浮き沈みが起こります。
太陽の陽が当たっているのか、太陽が陰になり当たっていないのか?
頭上に太陽があるのか?月があるのか?という感じです。
 
幸運がやって来た時、「良い星周りが来た」
不運に見舞われた時、「悪い星周りが来た」
生まれながら良い環境に生れた人を「良い星の元に生れた」
生まれながら悲運の元に生れた人を「悪い星の元に生れた」といいますね。
しかし、それは意味があってアナタがその星の元を選んで産まれ出て来たのです。
何年、何月、何日、何時、意味ある場所にです!
いつから何の時期から人生をやり直すのか?考え生れて来た証拠が、
アナタの”生年月日時場所”に記されています。
 
10年一期間、百年で各時期が一巡しています。
アナタは急に気が変わった、急に環境が変わったという経験ありませんか?
その時が10年周期の変わり目、とても意味のある”節目”というモノです。
アナタは10年間を無駄にしていませんか?
それでは、これからチャンスが訪れるのか?
それとも、チャンスに気付かず逃してしまったのか?
 
四柱推命の王様と言われる琉球四柱推命では、
より緻密な研究・開発がされ、それらの時期を鮮明に知る事ができます。
どんな物事にも順序というモノがありますね?!
 
アナタが今、何をすべき時期なのか?
私達琉球四柱推命運命鑑定士と共に探求し、自己啓発しませんか?

 

進路、仕事…将来の夢に向かってどう進むべきか?

小学生の時、誰もがきっと『将来の夢・なりたい職業』的な作文を書いたと思う。
その通りに夢が叶った人、叶わなかった人、今も未だその夢を追っている人…
様々あると思う。
私は…???どのような作文を書いたのか?
その当時”ナイチンゲール”の本を読んで、母親が「そんな感じで書いておけばどう?!」と言うので、
何の考えも無しに『看護師さんになりたい』などと書いたように記憶が有る。
何の考えも無しに…です。
将来何がしたいか?何も考えてなかったし、勿論看護師さんのお仕事はとても尊い職業だと思っています。
でも正直、今思うに、自分の将来の夢なんて何も考えてなかったと思い出します。
 
漠然としたまま、小・中校と進み、卒業前のホームルームで、
『将来の夢とそれに向かう為、進むべき高校を決めた理由』を発表する時間がありました。
私は力いっぱい「キャリアウーマンを目指す為、商業高校を目指します!」と、答えました。
自分宅はお金もなかったし、厳しい親からは常々「好きな事したかったら働いて自分のお金でやりなさい」
と言われ続けていたため、何が何でも早くに社会人になるしかないと考えたのです。
 
商業高校を卒業し、就職先を求めるものの、思うように進展なく就職浪人となりました。
暗中模索の中、専門学校を1年だけの猶予とし、とにかく”就職”を目指しました。
 
『将来の夢』など考える暇もなく、ただ、パンのみの為に働く日々でした。
自分が何がしたいのか?何の特技があるのか?何に向いているのか?解らなかったのです。
『キャリアウーマン』を目指したつもりが、只『パンのみの為に働く蟻』でした。
職も転々としました。何の為に生きているのか?生きている目的すらも見失っていました。
 
ある時、知人の娘さん(高校2年生)に「将来の夢、何に成りたいか?を書く宿題があるんだけど…
なんて書いたら良いと思う?」と相談されました。
その時私はもう30歳を少し過ぎていたのです。
「30歳過ぎても考えれるわけないのに、17歳で既に将来を決められる?」
そう答える事しか出来ませんでした。
生きる意味を見失っている自分にこそ、その答えが必要なのでした。
 
紆余曲折…運命の旅の末、琉球四柱推命に出会い
今、琉球四柱推命を手にする私は、そのヒント・手がかりを見つける事ができます。
琉球四柱推命から割り出す『命式』というモノが
アナタの趣味・嗜好・得意技などの情報を、旧知の友同様に私へ知らせてくれるのです。
 
私は自分の天命を知るのに半世紀もかかりました。
早い段階で間違うことのない、効率的な人生設計を共に探求しませんか?!
 
また、人生が半世紀過ぎてしまったアナタにも、
何時でも道を変える事は十分可能な事なのだと、私は思っています。

こちらも合わせて読んでみて下さい。

はつかねずみと小鳥と腸づめの話(あらすじ) こちら≫

 

恋愛・結婚・相性、そして友情・・・出会いと別れとは?

恋愛・結婚

10歳の時、グアム島の恋人岬を訪れた時に聞いた話である。

 
グアムのタモン湾の北の端にある岬で、グアムで最も有名な景勝地である。
岬の公園には、岬名の由来でもある男女が抱き合う像が立っている。
これはスペイン統治時代に、先住民であるチャモロ族の娘が、
結婚を迫るスペイン人総督から逃れ、 同族の恋人と永遠の愛を誓い、
お互いの髪を結びあって岬の断崖から身を投じたという…
 
10歳の私はこの話を聞いて
「そ、そんな馬鹿なあぁぁぁ~」…愕然とし、
グアムだ!海だ!と騒ぐ皆をよそ眼に、
コバルトブルーの水平線をボンヤリ見つめていた。
自分が聞いた初めての『悲恋話』だった。
お伽噺の「王子様とお姫様はその後楽しく暮らしました。めでたし、めでたし!」
ばかりではない事がとても衝撃だった…
 
大人になり、幾度の出会いと別れがあった。
 
そして離婚までも経験するはめに…
結婚の時よりも、3倍の労力を要した。
世界中から自分を否定されてる感じがしたし、
八方が敵だとも感じた。
2人の問題であるにも関わらず、親・親戚まで出てきて、
ほぼ全面的私に非があるみたいな方向になっていた。
夫婦間の事はどちらか一方にのみ非がある等というのは、
今でも其所は否定したい。
私は『夫婦同等』主張派である。
しかし、当時はまだ離婚は大事件の域だった。
まさしく「女が離婚するなど、世間に顔向け出来ない」という時代だった。
でも私は、そんな社会に敢然闘うことを決め、堂々と顔を上げて世を闊歩した。
私にも非はあったが、何時まででもそんなところに留まって居るわけにいかないのだ!
次に向かって歩き出すには、顔を上げて歩かねばならない!
 
当時父が私の結婚に対して、
「この人じゃない、相性も合ってないし、時期も違う」と言っていた。
当たる八卦の見事な例となった。
 
アナタならどうしますか?
現在相思相愛ラブラブで、「んもう結婚するでしょ‼」っていう相手と、
「相性悪いし、結婚したって不幸になる」と言われたら?…
しかし片や、好きになんか絶対なり得ない男性と、
「相性バッチリ!結婚後安定的超絶幸福になれる!」なんて言われたら?…
どちらを選びます?…ねぇ…(ため息)
 
恋は盲目とは良く言ったもので、
渦中の人間は冷静な判断に欠ける?処か…
もう相手の良いところしか見えなくなるものです。
そう言う私も同じですよ…
今までの出会いと別れを自分で検証してみましたが、
どの人とも相性が合ってないし…
出会っちゃ駄目な(冷静な判断能力に欠ける)時期に出会ってました。
しばらく後、時期が変わり、脳がクリアになった時、
「私…なんでこの人と付き合ってるの?何の為にこの人と居るの?」
と、残念ながらデメリットしか見当たらなくなりお別れを決意しました。
誰だって幸せになりたいですよね。
その為に自分にとって不利な交際は断ち切らねばなりません。
「人生は一度きりなんだから!」と言うのを良く耳にします。
良くも悪くも、その通りです。
幸せへの扉を早く開けるに越した事はありません。
 
今、恋愛・結婚・離婚・相性などで疑問を持ち、此処にたどり着いたアナタ!
アナタに『琉球四柱推命』という鍵をお渡ししましょう!
それが迷宮から一足飛びに抜け出せる扉の鍵なのです。
 
そして、【結婚と離婚…出会いと別れとは?】
結婚に向いている時期・気持ちが向く時期は各人で異なるモノなのです。
10代、20代、30代・・・60代の人もいます。
間違いに気付けば修正すれば良いだけです。
しかし、前世でとても嫌な事・悲しい事があって、
恋愛や結婚や、異性そのものに苦手意識が芽生えたりしてしまう事もあります。
「いや、異性は要らないわ、仕事・趣味に没頭したいし!」
そう言う方が居ても良いと思います。
でも、折角人間が男(雄しべ)と女(雌しべ)として在る以上は何か重要な意味があると思います。
人間としての運命(さだめ)なのだと思います。
男女間の友情に留まっても良いと思います。
男と女に限らず、LGBTの方含め、カップルとされる2人には、何か重要な意味があると思います。
どの性に生れたとしても、どんな形であろうと…
「生まれ変わっても又一緒になろうね!」は本当にあると、私達琉球四柱推命運命鑑定士は見ています。
的確な双方の意思と時期が合致した時に出会った2人が、
『運命の赤い糸』でつながったパートナーなのです。
琉球四柱推命にて、アナタの最良のパートナーを共にお探し致します!
 
私達琉球四柱推命運命鑑定士が、アナタにトレジャーハントの地図と鍵をお渡しします。
最良のパートナーというトレジャーの箱を開きましょう!!!!!

生きるという事~≪運命・開運≫~とは?

開運
アナタの『幸せ』はどんなモノですか?
アナタはどうなると『幸せ』だと感じますか?
アナタの『幸せ』に対する目標は?
 
私が小学校4年生位の時、
父が帰宅したら「星が綺麗に出てるよ!」と言うので、姉と外に出た。
3人で星空を眺めながら思った事がある。
当時『ノストラダムスの大予言』なる本がベストセラーになり、
その中にナント"1999年地球は滅亡する"などと書かれていた!
「Σ(Д゚;/)/ェ~!?!?!?!」
私の寿命は30歳ちょっと?!
「その頃って…私は何してるんだろう…
きっと普通の家庭の主婦で子供が2人位居て、
極々平凡・普通に暮らしてるのかなぁ…」と思った。
 
ご存知の通り、私の父は占い師(運命鑑定士)だ。
何かにつけて「占う!!」のだ、
進学する時も、結婚する時も、引っ越しする時も…占われた。
モノを無くしても占われた。
でも、正解の答えは出なかった。
「家族の事は見えにくい」と言っていたが、
当時の四柱推命は、今ほどの完成度は無かったのだろうと思う。
しかし、残念ながら?結婚に於ける暗雲立ち込める行く先は当たっていた。
 
気持ちがふさぎ込み、この先どうしたら良いのか?
相談すべき「占い師」の父はもういなくなっていた。
フラフラと街を彷徨い…とある、辻の占い師の姿が目に入った。
「離婚問題で揉めているのですが・・・」
しかしその辻占い師は、話を聞くだけで、何を見るとか、占う訳でもなく、
単に私の愚痴(?)を聞いて、「じゃぁ、別れたら?」と答えただけだった。
このエセ占い師がっっっ!!!二度と相談なんかするかっっっ!!!と思った。
結局は『己が己の人生を決める』他はないのだ。
どおせ1999年には地球は滅びるんだ!
 
1999年、何も起こらなかった。
私は普通平凡どころか、離婚して実家と疎遠になり、
人生無目的に… パンと家賃の為、休みなく働き続ける馬車馬と化していた。
 
どうしたら幸せになれるのだろうか?
 
以前父が、結婚後住み始めたマンションの風水的間取りが悪いと言ってた事を思い出した。
いま、偶然にも?良い方角の間取りらしいマンションに住んでいる。
何か良い兆しかもしれない。
当時某D氏の風水が爆発的に流行っていた。
姉がどはまりしていたので、色々聞いてみたら、結構ややこしい…
私「えぇ~邪魔くさっ!無理ぃ」
母「やってもみないで無理だと言うな!」怒られた。
私は『褒められて伸びる』タイプではなく、『焚きつけられて伸びる』タイプだ。
風水の力とやらを今一度信じて、掃除に明け暮れた。
毎日毎日掃除をした。
 
子供の頃お正月に、家族で初詣に行っていた。
お山の上まで長い長い階段を延々と上った先にある神社だ。
子供の足では「どんだけ登んねん!?」と感じる長い長い階段なのだ。
そこで、家族思い思いに神殿に向かい、手を合わせるのだが、
皆は何を「祈って」いたのだろう?
私は…祈ってなどいなかった。
自分に目標を立て、「誓って」いた。
「目標に向かって、一生懸命頑張ります!」と。
 
幸せ』と云う『目標に向かって頑張る』のだ!
『不幸』が一生続く訳は無い。
『止まない雨』は無いし、『明けない夜』も無い。
 
お山の上に辿り着くには、延々と長い階段を進むしかないのだ。
しんどいけれども、一歩一歩自分の足で登って行かねばならないのだ。
人生も、運命も、そういう事なのではないのか?
 
何かが見えて来た気がした。
当時、周りに居る人達が、何だか妙な空気感在る人ばかりだった。
自分倫理、自分社会の世界観を振りかざして、私を巻き込もうとする様な感じなのだ。
段々、段々頭がおかしくなりそうな気がした。
蟻地獄に引きずり込まれるかのような危機感すら感じ始めた。
「その渦から抜けなければ駄目だ!」聞こえるはずのない声が聞こえた。
 
仕事を変えた(変わった)、付き合う人も変えた(変わった)、
『心機一転』というヤツだ!!
 
24歳の自分は結婚すべき人間ではなかった。
結婚して家庭を作る能力など無かったのだ。
30歳を半分ばかり超えた今ならば、結婚しても、やっていけるかも・・・
そんな時、今の夫と出会った。
母からの勘当も解かれた。
母「前の人は何にも起こらない相性だったようだけど、
  今回の人は相性良いってさ!お父さんの占いの先生がそう言ってた」
私(一々聞くなって・・・一々占うなっつうの・・・
そう思っていたのだが…
なんと今私は、父の様に琉球四柱推命という開運の巻物を手に入れたのです。
 
あの時の事は、丁度10年の運気が変わる時期で、
結婚の兆しが見える時期だったという事が解った。
急な開眼も、『星周り』が変わったのだ。
脳がクリアになったのだという理論を、身を持って体験した時だった。
 
妙な空気感の存在は、『星周りの良くない人』が沢山自分の周りに居た事が解った。
以前、本物の霊感のある徳の高い僧侶様に
「貴女は何かに守られている」と言われたことがある。
私を守ってくださっている何かが「そこから抜けろ!」と伝えて下さったのだろう。
 
琉球四柱推命に於ける開運術とは『常に心のレーダーを磨いておく事』だと思いました。
 
今日のラッキーカラーは?
ラッキーアイテムは?
ラッキーワードは?
ラッキープレイスは?
開運スポット、パワースポットへ行く?
開運方法は人それぞれですが、
其処には何かしらの行動がありますね。
開運ってそういう事ではないでしょうか?
今日のラッキーなんちゃらを求め、
パワースポットへ出向くという行動も、努力と言えるでしょう。
そこに、もっと詳しいパワースポットへの地図があるとしたら?
私は、本物の霊感のある徳の高い僧侶様ではありませんが、
アナタの間違った人生の地図を、宝の地図に変える事が出来ます。
アナタが、アナタを見守ってくださっている何かに気付かなくても、
私達琉球四柱推命運命鑑定士が見える地図を用意して、舵の矛先を示すことが出来ます。
「頑張って舵を取りましょう!」「海が荒れますよ!」「その航路では座礁しますよ!」
「鯨にぶつかりますよ!」「宝島が見えてきましたよ!」
「ここら辺に宝の箱がありますよ!」「どの箱の鍵でしょうか?」
「これがアナタの宝箱の鍵ですよ!」 …
 
生きて行くというのは、
高いお山のてっぺんへ一歩一歩階段を登って行くような事?
それならば、私達琉球四柱推命運命鑑定士が杖の役割をしましょう!
荒海に船を漕ぎ出して、宝島に上陸するような事?
それならば、私達琉球四柱推命運命鑑定士が宝の地図を渡しましょう!
それともトライアスロンの様な事?
それならば、私達琉球四柱推命運命鑑定士がマネージャーとなりサポートしましょう!
もしかしたらパリ・ダカールラリーの様な事?
それならば、私達琉球四柱推命運命鑑定士が助手席にてナビゲーターをやりましょう!
 
そして、常にアナタの心のレーダーを磨くCleanerとなりましょう!
開運の鍵は『心』です!!!!!
 
アナタの運が開け、幸せにむかう事が出来ますように、
誠心誠意サポートさせて頂く所存でございます!
 

本当の自分(適性・執着心・性格)
そして『心の病と身体の病』全てが停止する時って?

DOPE
 
世間では、『信じがたいモノ』が蔓延しています。
『霊』『UFO』等の超常現象や、未確認生命体等々ありますが、
アナタは『生まれ変わり』『輪廻転生』『前世』というモノを信じますか?
人間の身体には知性理性自我という感情が伴われています。
そういったモノが一時的に麻痺する時期があるという事を知っていますか?
”アナタが生れた星の下”と銀河系体の星の位置が密接に関係している事を信じますか?
これは、西洋占星術(星占い)と同じ概念と考えて下さい。
水星・金星・地球(土)・火星・木星、
アナタの持つ星が、今頭上にある星と相反する時、
前世での罪深き行いに対する想念が深層心理内から起き出して、
”カルマを浄化する時”が起こります。
その時期は、アナタの能力や才能が一時休止状態になり、
何をやってもカラ回る時期となります。
少しお話が難しくなりましたね。
いったいどういう事なのか?私の体験から検証して行きましょう。
 
私にはソレが10歳~20歳の時にやってきました。
「子供の頃に戻りたい!」「学生時代は楽しかった!」
という声をよく聞くのですが、
私にとっては『二度と戻りたくない暗黒の時代』だった気がします。
兎に角引っ込み思案で、声を取られた人魚のようでした。
良く言えば『若草物語』ベスといった感じでしょうか?
可愛く言えば…です。
今ではジョーの趣ですかね?それとむ口うるさいおばさん?(笑)
 
幼稚園の頃から運動は苦手で、水泳も球技も鉄棒も跳び箱も…
何一つ満足に出来ず、家での独り遊びが唯一の安らげる場所でした。
休み時間も、誰とお喋りするでもなく、ずっと机にかじりついていました。
当然、『運動会』前日もしくは当日、頭痛と吐き気に襲われます。
マジ仮病ではありません。
遠足はまあまあ好きなのですが、バス旅行もまた苦行でした。
酷い乗り物酔いをするのです。
酔い止めの薬を見ただけで、もう「オエッッ」となっていました。
しかも錠剤が飲めないのです。
病気になる度、母が錠剤を細かく砕いてくれるのですが、
微粒すらも飲めない徹底ぶり。
授業中もまるで頭が付いて行けず、当てられない様に前の席の子の陰に隠れていました。
一切勉強する気が起きず、テストで0点なんかもありました。
「あの人、何か喋った事ある?」「声を聴いたことが無い」と言われ続けていましたし、
「あんた0点って、笑えるぅ!!」とか…もお、保健室の住人です。
 
しかし、小学5年の時、転校生(女子)がやって来ました。
普段なら、人見知りで全く人と話事が困難な私ですが…
その時は「私も一人、彼女も一人」という状態と思いが合致したのでしょうか?
その子と友達になれたのです。
その子は元から、明るく元気・活発な子で、
私も彼女に引っ張られて、色々活動の幅を広げる事が出来ました。
自分からは絶対手を上げない様な事に「一緒にやろうよ!」と行動する事になったのです。
クラスで音楽の時間、楽器演奏をする事になった時、
金管、木管を2人でやる事に手を挙げました。
放課後も練習し、絶対苦手だった音楽…絶対音痴だと思い込んでいた自分が、
結構リズム感のある人間だと思えて来たのです。
それから演劇部にも入り、彼女は主役を射止めましたが、
私は端役中の端役…でも結構な長台詞があり、早朝練習や昼休み特訓にも参加。
母親に「絶対見に来て!」とアピールしたのです。
その上、学校内のアル委員会の副委員長までやる羽目に!(友人は委員長です)
色々なアイディアを出し、行動していました。
当時流行っていたピンクレディーの歌と踊りを、
中間休みや放課後、増えつつあった友人達の前で披露出来るまでに!
休み時間、体を縮こませ、机にしがみついていた自分がです!
担任の先生も「こんな積極的だとは思わなかった」と、私の成長を喜んでくれていました。
 
でも、2年後中学校に上がると、その子とは疎遠になり、再び沈黙の時代に…
 
そして高校受験の時、完全にストレスで精神をやられ…
しょっちゅうトイレか手洗い場で「オエッッ」となっていました。
小中学校9年間、そんな調子ですから学校生活など、全く楽しい訳がありません。
知っている友達が少ない高校へ入った為、環境に中々適応出来ず、
一時外出恐怖症になり、医者から「自閉症」を疑われた事もあり、退学も考えました。
 
しかし、家は家で超厳しい教育。
両親は共働きで帰りが遅く、妹とは年齢が離れていた為、
ちょっとした育児もこなし…小さいお母さんと呼ばれていました。
「家は共働き!お父さんもお母さんも家の事が出来ません」
「では、誰が家事をやらねばならないのでしょう?!」
「働かざる者食うべからずです」という家でした。
 
10歳の頃からそのような生活でしたので、友達と遊んだ事も少ないです。
したがって、家に居る事も苦痛でしかありませんでした。
家も…学校も、私には『苦行の場』でしかありません。
時折語られる
「実家って良いよねぇ~!」
「帰郷したらぁ上げ膳据え膳でご飯出て来るしぃ」
「一日中ゴロゴロしてられるもんなぁ~」というお話。
私の実家はその様な事は一切ありません。
 
お洒落したい時期のセブンティーンであっても、
我が家では「校則遵守!アルバイト禁止!男女交際厳禁!」でした。
そして二言目には「好きな事したかったら家出て行って自活してやって下さい」です。
月のおこずかいは「家事をキチンと出来てる上での2千円」です。
周りの友人が「別に何もしないけど、1万円もらってる」時世にです。
「あんたは良いよなぁ~家事できるし、私はなんも出来ないし」
そう言われても、何も嬉しくありませんでした。
 
妹の手もかからなくなり、少し時間も出来て友達も少し増え、
高校が商業高校なので、3年になると専門知識の教科が増えてきます。
そこだけにはようやく食いつくことが出来、学校生活が少し楽しくなりました。
成績もグンと伸び始め(専門課程だった為)、クラスで5番以内に入ったのです。
高校では難しい日商簿記1級の工業簿記に挑戦!!!
毎日毎日放課後の自主勉強を先生に直談判、家でもずっと問題集を食卓上でやりました。
遅い夕飯を食べ、TV見ている両親の横で算盤片手に格闘!
正解出来た瞬間「フフフフフ…解けたぞ!」と笑って両親に不気味がられましたが、
その甲斐あってか、一発合格しました。
「面談でお母さん、鼻が高かったわ!」と言われたことが物凄く嬉しかったです。
 
ようやく両親の目に良く映り始めた時に、私もお年頃…
『彼氏』成るモノが出来たのですが、
母親の更年期が始まりだした頃、母親が鬱になり、
「男女交際=不純・不潔」と写ったのでしょうか?
鬼の形相で「交際禁止!!!!!」と無理やり別れさせられました。
成績も落ちてきていましたしね…
折角持ち上がった私への信頼は、そんな事で失墜…
(それでも隠れて付き合ってましたけど)
 
此処までが私の超試練の時期なのでした。
 
ソレが明けた年の次に来たヤツが『感情がマイナスになる時期』
その様な時期の特徴としては、何に対しても前向きになれず、
ちょっとした事で苛々や怒りというマイナスな思考にしか向かない時期です。
 
そんな時、社会人となり、再び環境に適応出来なくて、オロオロする自分。
『仕事』なのだから、オロオロ・モジモジしていたのでは使い物になりません。
毎日怒られない日はありませんでした。
早い就職だった為、同僚は皆1歳上のしっかり者で短大卒者。
次の年、同じ年齢で入って来た後輩も、可愛いし短大卒で活発な方。
もう、私は完全『社会不適合者』にしか映りません…
 
もれなく拒食症になり、激やせ(身長160㎝体重38㎏)という状態に。
女性の月のモノも止まってしまいました。
 
その中、寿退社して行く先輩、新たな道を目指し退職する同僚達…
第一回目の『生きる意味』を見失い、病的に痩せて行く私。
「アナタは社会不適合者で、社会活動なんか出来る人間ではない」
という聞こえてはならない声が聞こえて来た。
「家から、会社から逃げるしかない」
感情が超マイナス思考にしかならないので、逃げる事しか考えられないのです。
 
でも、諦めの悪い自分は何か新しい世界を作らねばならない…
と思い、自らにイカロスの翼を与える事にしました。
中型二輪免許を取得したのです。
元々運動嫌いな私は実技に大変な苦労をしました。
人の3倍はかかったと思います。
働きながら、夜間の講習を受け、土日の休みも自主練習に通い、
それでも、この「バイクが私を変えてくれる!」事を信じて…
 
親との約束『やりたい事があれば、働いて自分のお金でやりなさい』を守り、
教習所代30万円、カワサキ250CCのオートバイ50万円を投入し、
新しい世界へ飛び出したのです。
そして、今までの自分をかなぐり捨てなければ、新しい世界には辿り着かない!
をモットーに、『笑い』を研究し、『道化』にもなりました。
「そこまで自分を捨てなくても…」と周囲から言われようが、面白い自分を演出しました。
 
その中で、新たな出会いを確立したのですが・・・
それでも、会社も家も嫌なのは相変わらずだし、拒食も治っていませんでした。
鏡に映る自分の顔が暗くて不細工なのです。
「駄目だ!私は不細工だ!太っているからだ!!!」という図式になったのです。
160㎝体重46㎏なのにです←精神異常ですよね。
 
最終的には、最も駄目な間違った選択をしてしまったのです。
やってはいけない『結婚』に逃げてしまったのです。
最も自分に相応しくない道『専業主婦』を選択してしまったのです。
 
その時既に、全身を癌にむしばまれていた父も、自分の事でいっぱいです。
私に正しい道を説く力はもう残っていません。
父は思いました「自分の命が尽きる前に、3人姉妹の誰かとバージンロードを歩きたい!」
私達も父の望みを叶える為、自分達の間違った選択に、目を瞑るしかなかったと思います。
 
そんな感情マイナス思考の時期が明けた頃、
自分に見え始めたモノは…
おばちゃん達にもまれてスーパーで買い物をし、買い物袋を抱えてトボトボ歩く自分と、
会社の制服にカーディガンを羽織り、長財布を抱えて通りを闊歩するOLさん。
まだ独身で社会人の友人達の「旅行や行楽の話」…
 
10歳の頃から家事を努め続け、青春なるモノを完全に逃してしまった自分。
ソレが嫌で嫌で、家から逃げて来た自分。
結婚に逃げた自分。
いざ箱を開けたら何一つ変わっていない『家事』に明け暮れる毎日のみの自分。
「・・・・・・・・・・」もう思考回路真っ白です。
 
イカロスの翼は燃えて無くなり、私は墜落しました。
 
24年間も私は自分を見失っていたのです。
 
その後、友人からの勧めでアルバイトに出た私は、ようやく開眼したのです。
遂に本当の自分を見つける事が出来たのです。
 
「恋愛と結婚は別」とは良く言ったのもで、
元夫の方との恋愛期は、沢山の友人との遊びや旅行、2人だけのデートも楽しい。
しかし、『生活』となるとそれらの関係は別なモノに掌を返したように変わるのです。
 
再び私に青春が戻った様でした。
仲間と働き残業OK!、仲間と飲みに行き、仲間と日帰りの小旅行!!!
元々から持っている「楽しい事大好き」「働くの大好き」な性格が、
24年目にして開花してしまったのです。
 
元夫の方からすれば、当然面白くありません。
「結婚とはどういう事か?!」を得々と説かれましたが、
私の思う『結婚観』と『価値観』が全く違うし、向かう所が違うのです。
『家族として、どの様な家庭を築き、夫婦としてどの様にソコへ向かうのか?』
という所が全然違うのです。
 
父が言っていた
「この人は違うよ。今、合ってると思ってるやろうけど、お前には合ってないよ」が、
今、白日の下に曝されたのです。
 
それでも3年間はお互い模索しました。
お互い歩み寄ろうともしました。
別居状態にもなってみました。
 
元夫は「だから最初から離婚するような結婚ならしないと言ったのに」と云いましたが、
結婚に舞い上がる人間にそんな事解りますか?
誰しもが「ずっと一緒にいようね!」と言って誓いを立てて結婚してませんか?
それでも、今日の離婚率は伸びる一方です。
しかし、私には元夫の方との未来が全く見えないのです。
「この人と…共白髪になるまで…?…無理…無理…ムゥリイィィィィ…」
 
本当の自分って…何?
 
子供の頃に描いた
「普通の家庭の主婦になり、子供が2人居て、平凡にマイホームで暮らす」→違う様だ…
 
社会不適合者で働く素質が無い→仕事生きがい!「キャリアウーマンになる!」と誓った自分。
 
人見知りで話下手→アホな事平気!駄洒落、ボケツッコミ、オヤジギャグ、お笑い大好き関西人!
 
自閉症で引籠り→旅行、飲み会、幹事はお任せ!海外旅行必須!
 
演劇部やピンクレディーの踊りを人前で出来る自分。→注目される事、嫌いではない!
 
音楽の時間、金管と木管をチョイスし懸命の練習。→リズム感あるんじゃないか?
 
テスト0点って…自分は頭が悪い?→簿記実務検定も中型二輪免許取得もやれば出来る子なんだ!
 
しかし、脳内が狂い出すとハチャメチャな人格に豹変するのです。
そういう時期が、誰にでもあるのです。
 
その結果代償として「自分勝手な振舞いで離婚した人」と指さされ、
「めちゃめちゃな事して人を振り回すヤツ」と囁かれました。
半分の交友関係を失いました。
その半分の人は、本当の私を知る事も無く…仕方ない結果だとも思います。
 
籠から飛び出した渡り鳥は、その後、一生懸命働きました。
止まったら死ぬ勢いで飛び続けました。
無言を貫いたまま…本当の自分に戻れるように…
 
数十年後の現在、琉球四柱推命に出会った私は、
物事の本質を見抜く事を学びました。
人間の本当の心を知る事を学びました。
私自身もまだまだ修行中です。
それは、生涯課せられた、人間の課題なのだと、師から学びました。
 
アナタは?アナタの家族は?アナタの周囲の人は?大丈夫でしょうか?
その様な時期に陥ってはいないでしょうか?
 
師曰く「 いつかは自分も過ちを繰り返すこともあるでしょうし、
    どんな人も罪を避けて通ることはできないのですから。
    自分も間違いを犯す以上、他人の過ちも許してあげる度量が大事だと思います。」
と説いてくれました。
 
アナタに有る今の悩みの根本は、
本当のアナタの中に全て隠されているのです。
アナタは本当の自分に目をつぶっていませんか?
 
又、「この人何なの?」と、イライラする人がアナタの側に居るとします。
その人の本質を知ることで、付き合う方法が見つかるかもしれません。
本当のソノ人を知ってあげましょう!
 
琉球四柱推命で、本当のアナタを、周囲の人の本当を取り戻しませんか?!

鑑定士
scheherazade
(シェヘラザード)・澤村

鑑定士 scheherazade(シェヘラザード)・澤村

四柱推命鑑定士の父親の元に産まれ、父亡き後、世界を放浪しながら自らの運命と魂のルーツについて独学。2011年に琉球四柱推命に出会い、八島高明師匠に師事する。亡き父の意思を継ぐべく四柱推命鑑定士としての活動を決意、現在に至る。

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運命には法則性が有るということを理解し、 自分の運命の流れを知る、そして良い方向へ改善しようと努力することなのです。

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師、曰はく『ほとんどの事象・現象は四柱推命で説明がつく』という事

人生には「運命の周期変化」といわれる重要な法則があります。それは10年ごとに訪れます。
その急な変化があった時に、「祟り」等の霊的な事だとか「方位が悪い」とか、何かのせいにしてしまいがちです
そう言った事も、有るかもません。例えば金縛りに会うとか?何かを見た!とか?しかし、そう言った事も科学で解明されているようです。各個人で生じる「運命の周期変化」を琉球四柱推命でも、学問として証明出来る事が可能になっています。